Kazuo Fujiyama  藤山一雄
年譜  編著単行書  著作  写真

年譜  Chronicle of Kazuo FUJIYAMA

1889. 4.16 藤山浅治郎・千賀の長男として、山口県玖珂郡神代村平原(現由宇町神東舟木)に誕生。
1904. 3.25 鳴門村立小学校卒業。
1909. 3.25 岩国中学校卒業。
1912. 7.20 第五高等学校第一部甲卒業。
1913. 8. 3 伊藤小太郎・富の長女、弥寿と結婚。
1916. 7.20 東京帝国大学法科大学経済学科卒業。祖父の命に従い帰農。
  12. 1 一年志願兵として歩兵第11聯隊に入隊。(-1918. 2.20)
1918. 3.-- 湯浅商店(湯浅貿易株式会社)に入社。(-1919.10)
1919. 10.-- 三力商店を設立。(-1921)
  11.-- 下関日本基督教会で受洗。
1921. 4. 1 梅光女学院教師に就任。(-1926.10.25.)

1926. 10.27 渡満、大連着。福昌華工株式会社の創設に参画。 同社庶務主任に就任。後、調査役に就任。(-1931.10. 1)
  11.10 毎日新聞懸賞論文「五十年後の九州」で1等当選。
1927. 2.10 大連基督教青年会常任理事に就任。(-1932. 3)
1929. 5. 1 満鉄嘱託を命じられ、産業組合及び港湾労働事情調査研究のため渡欧・米。(7.20-1930. 1)
1930. 10. 1 関東庁方面委員に就任。(-1932. 3)
1931. 9.-- 板垣征四郎・石原莞爾・河本大作の要請で「独立宣言」文案を起草。
  --.-- 女子人文学院講師に就任。
1932. 3.14 国務院実業部総務司長に就任。(- 9.16)
  9.16 監察院総務処長に就任。
1933. 2. 8 官衙建築計画委員会委員に就任。
1935. 7.29 国務院恩賞局長に就任。(-1937. 7. 1)
1937. 7. 1 辞官。民生部嘱託として国定教科書編輯、東方国民文庫の執筆・刊行。また、国務院総務庁嘱託として恩賞事務顧問に就任。(-1939.2.28)
  8.27 満洲国協和会参与に就任。
  8.30 国都建設記念式典委員会委員に就任。
  12.10 新京特別市諮議会議員に就任。
1939. 3. 1 国立中央博物館副館長に就任。(-1945. 8.15)
  5.17 司法部調停委員に就任。
  12. 1 協和会首都本部委員に就任。
  12.10 新京特別市諮議会議員に再任され、議長に就任。
1941. 3.26 建国十周年慶祝委員会委員・幹事に就任。
  4. 1 国歌並び国民訓起草委員に就任。
  5. 1 帝国教育会理事に就任。
  5.25 民生部視学委員に就任。
  11. 1 国語調査委員会参与に就任。
1943. 6.25 満洲出版協会企画審査委員会委員に就任。
  7. 1 民生部から文教部の独立にともない、文教部視学委員に就任。

1946. 7.26 引き揚げのため長春出発。(- 9.29 帰郷)
1947. 12. 1 周東畜産協会創立、会長に就任。
1949. 10. 1 柳井女子商業高等学校長に就任。(-1952. 3)
  12. 1 周東養鶏農業協同組合理事長に就任。
1951. 6. 3 山口県地方労働委員会委員に就任。
  10. 5 神代村教育委員会教育委員長に就任。
1954. 1. 5 山口県労働福祉対策審議会委員に就任。
  3.-- 農山村文化研究会を設立し、会長に就任。
  5. 7 山口県顧問に就任。
1955.   この年以降、町村合併促進審議会委員、農山漁村振興対策審議会委員、町村合併調整委員、 新市町村建設促進審議会委員、農業会議会員、農業改良委員会専門委員、 公明選挙推進協議会会長など、山口県の各種公職に就任。
1975. 4.10 永眠。

「藤山一雄略歴」「履歴書」に基づいて作製。
1st Edition: 名古屋市博物館  1995  『新博物館態勢-満洲国の博物館が戦後日本に伝えていること』
2nd Edition: 由宇町教育委員会  1996  『藤山一雄と博物館』